§ 劣化ウランがイラクの人々にもたらした被害

 劣化ウランの放射線のレベルが大変高かったことの直接の結果として,1991年の湾岸戦争後,ガンの発生率が大変上昇した,という事実を指摘することが出来ます。

 そして,胎児の先天性異常や流産が非常に増えました。

 劣化ウランという金属の持つ毒性の結果なのか,湾岸戦争後,筋障害,神経障害,それから
腎機能不全の患者さんが非常に増えました。なぜ増えたのか,直接的な原因は未だに究明されないままです。

 1991年,湾岸戦争以降,バスラ地域のガン発生の特徴的パターンが変わってきました。

 今までであれば高齢の人がかかっていたガンに若い人がかかるケースが出てきました。
ガンにはそれぞれ潜伏期間がありますので,その潜伏期間を考えると,そのガンが放射線の
影響であることがわかります。

 6歳の子どもがホジキンリンパ腫にかかってしまいました。もう少し高齢の人がかかるガンですので,大変珍しいケースです。

 1991年の湾岸戦争以降,これまでには見られなかった変わったケースがみられるようになりました。

 1つには,家族や部族に同じ種類のガンが大量に発生するようになったことです。  2つめは,1人の患者さんに複数のガンが発生するようになったことです。

 このようなガンは,バスラ全域にわたって一様に広がっていますので,バスラ全域が例外なく汚染された,ということになります。

 乳ガン,肺ガン,白血病,リンパ腫,大腸ガン,小腸ガン というのが発生率の高いガンですが,6種類のガンのバスラにおける地域ごとの発生数を人口比で調べると,かなり一様の発生率になっていることがわかります。

 バスラにおけるガンの新規発生率(地元でガンとして新たに登録された人数にもとづく)を比べてみます。

  1988年 人口10万人あたり 11件

  1998年 人口10万人あたり 75件

  2001年 人口10万人あたり 116件

  2002年 人口10万人あたり 123件

 この12年間の間で,ガンの発生率が10倍以上に増えているのです。これは統計的にも有意な差があるといえる数字です。

 バスラにおいてガンによる死亡者数を比べてみます。

  1988年     34人

  2001年    603人

  2002年    644人

 この12年間でガンによる死亡者数が20倍以上になっています。

 先ほどの数字は新規患者数を人口比で示したものでしたが,ガンによる死亡者数の方がガンの実態をよりよく表していると思います。

 1991年の湾岸戦争以前にも発ガン性の要因というものはイラクに存在していました。それでも,ガンの発生率はあまり高くはなかったのです。

 しかし,湾岸戦争後,ガンの発生率が大変高くなりました。

 湾岸戦争の前も後も,もともとイラクに存在していた発ガン性の要因は変わらず前も後もありました。
 唯一変わったのは,劣化ウランが使用され,劣化ウランを私たちが浴びた,ということです。劣化ウランが使われたのは確かなのですから。

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